日々のつぶやきを綴ってみます

 

726 名前:名無しさん@0新周年@転載は禁止 :2014/09/20(土) 07:23:21.27 ID:Tn0YyqUZ0
というか自由に捕鯨したいのならば、IWCから脱退すればいいだけじゃね?
何で日本の意のままにならない国際団体に日本が加盟し続けているんだ?

733 名前:名無しさん@0新周年@転載は禁止 :2014/09/20(土) 07:26:21.98 ID:g1UWqMpkO
»726
IWCで捕鯨賛成票を増やしてもらうため
日本が頼みこんで加盟国になってもらった国があるから
言い出しっぺなので抜けられない

742 名前:名無しさん@0新周年@転載は禁止 [sage] :2014/09/20(土) 07:30:30.40 ID:5LOfwvYE0
»733
賛成票を入れてもらうためにいくらばら撒いたんでしょうねぇ
ほんま税金の無駄遣いやでぇ

@gamayauber01: 朝日新聞の誤報騒動を見ると、朝日の失策に乗じて政府も国民も大喜びで「調査報道」という唯一の武器を自分で破壊してしまっているw 朝日内部で「似非ジャーナリズム派」が台頭して日本人がつかみかけた自由への端緒は失われてしまった。 自業自得、じゃ言葉が強すぎるだろーかw

@gamayauber01: いつもは、あんまし言わないようにしてるけど、朝日の誤報騒動見てると、万が一にも日本が自由社会になる可能性などなかったのだとしか思えない。
いまは日本人全員で朝日への嫌悪に酔っ払っているのだうけど、この反応を日本の人は未来の歴史の遠くまで後悔することになると思う

@gamayauber01: 眼を少し離して見ればこの朝日新聞への政府・国民・報道機関仲間まで挙げての集団サディズムは国民的な自傷行為だが自傷行為が習慣化した向こうには常に「孤独な死」が待っている。これほど破滅的な方向に国民自身が意志を持って歩き出すとは予想もしないことだった。見ているだけで悲しい

@gamayauber01: 朝日読売産経と、どれも以前には同じ「記者クラブ」の営業支店みたいなものだった。それが朝日だけが「ジャーナリズム」を志したら途端にこの反応だものなあー。もう来年には「朝日」も看板だけが同じで中身は入れ替わった「政府の広告代理店」みたいなものに変わっているだろう。戦前と同じだのい

@gamayauber01: 「失策を許さない社会」という日本の社会の悪名高い特性がおもわぬ所でとどめさしちゃったのおー。
これで僅かに胚胎しかけたジャーナリズムの萌芽は吹き飛んでしまった。
自分の目を針で突いて盲い、自分の耳に訛りを流し込んで聾した国民が出来る事は訳の判らない喊声をあげることだけだろう

@mojin: まあ、あと、慰安婦問題についての誤報の方が大きく扱われてる傾向があると思うけど、慰安婦問題全体からみるとごくごく小さな問題なので、so what? という状況なのだろうなあ。けど、産経とかはそこを無限に拡大して勝利宣言していてアホらしい

@gamayauber01: 戦前の朝日新聞が途中から戦争を煽りまくったのは、理性的な記事を書くたびに読者に忌避されて発行部数が激減したからだった。
調査報道を日本で志すなんて夢の見過ぎでしたのいw
政府にも国民にも受ける中国や韓国の悪口を書きまくって営業の立て直しを図るしかない。
沼地に石の家は築けない

catsbeaversandducks:

"… and now we are going to have a "Meet & Greet" so you can see your classroom and find out some of the things we are going to be learning this year. Come with me, kids!"
Photo via awwww-cute

catsbeaversandducks:

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Photo via awwww-cute

友達 | ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日

僕がガメさんのブログに出会ってから一年が経ちます。時間の流れはあっという間ですね。といっても僕が僕の心の中だけでガメさんのブログとの歴史を勝手につくっているだけで、本当にガメさんにあったことはないのですが。でも僕にとってはガメさんのブログと対面していた時間はとっても大切な記憶なんです。

去年の秋僕は人生を諦めてしまおうかとおもっていました。まだ19だったのに、生き続けるということが辛くてたまらなかった。この世界から消えてしまえばどんなに楽だろうといろいろ試みたけど、身体の痛みに、消えることもできなかった。そんな時でした、どこでみつけたのかもう忘れてしまったけど、ガメさんの文章を初めて読みました。なんだか不思議なあったかい雰囲気が行間から文字から伝わって、あれ、こんな世界があるのかな、向こう側に行ってみたい、と思いました。それから暇があればガメさんのブログに綴られた文章を読んで、少しずつ世界には光が浮かんできて、そして。あなたの文のなかにイタリアをみつけました。その文はとっても美しくて、長い冬の夜のあとにかがやく澄み切った朝日のようでした。いってみたい、とおもった。

3日後に大学に休学届を出して、半年間お金を貯めて今年の春にイタリアに行きました。最初に着いたのはローマでした。一週間いろんなところを歩いたけれど、もちろんとっても歴史のあるところだったけど、ガメさんの文章から感じるそれはローマにはありませんでした。
でも、次に訪れたトスカーナの小さな村で、僕はとうとう見つけてしまいました。僕の人生と僕の大切な友達を見つけてしまった。初めてその家に足を踏み入れて、彼等が僕に対面した時。なんともいえない不思議なあたたかさと帰属感、ああ、やっとみつけたんだと、これがそうなんだととてもほっとした。僕がここに来なかったらどうしていたんだろうととても安堵した。彼等は僕が会った人間のなかで最も暖かくて格好よくてクレイジーだった。すべてが初めて感じること、初めて考えること、初めてやってみることでした。そして、僕はどうしようもなく幸せでした。

僕は今一度その場所から離れているけれどもう少しでまたその場所へ帰ります。

ガメさん、あなたに会わなかったら世界はこんなに美しくなかった。こんなに違う世界があってこんなに素晴らしい人たちが存在するとは夢にも思わなかった。
トスカーナの夕焼けを小さなお城の屋根に登って煙草をまわしながらきみと見ていたことを思い出す。きみは一生忘れないだろう、といった。あのオレンジ色に染まった記憶を僕もまた忘れはしないでしょう。

ガメさん、ありがとう。僕はまたこれから生きていけます。(Touch wood)

子供の急な発熱で、入社一年目の新人が会社を休み空気が固まる。彼の奥さんは何やってるんだと社長。
出産以後、奥さんは派遣社員となって共働き。どっちが仕事を休めるかと言えば正社員の男の方になってるんだな今。市民も会社も様々な面でカツカツ状態。そりゃ国力だって落ちる。